急性心筋梗塞
急性心筋梗塞とは
心筋梗塞とは心臓の周りを取り囲むように走行し、心筋細胞に血液を供給している血管である冠動脈に血栓が急に形成されて閉塞した結果、心筋細胞に血液が届かなくなり、心筋細胞が不可逆性の壊死を起こす病気です。心筋梗塞は動脈硬化を基盤として発症する病態で、心筋梗塞を含む心疾患は本邦における三大死因の一つです。また本邦の心筋梗塞の発症数は、食事の欧米化、運動量の低下、人口の高齢化などの要因により増加傾向にあり、1980年頃と比較して発症数は4倍以上に増加しています。急性心筋梗塞の発症時の平均年齢は男性が65歳、女性が75歳で10歳の違いがあり、発症は特に冬の早朝に多いことが知られています。一般的には、壊死に巻き込まれる心筋の範囲が広いほど心筋梗塞は重症になり、致死性不整脈や心原性ショックなどの重篤な合併症が起こる可能性が高くなります。一方、心筋壊死の範囲が比較的狭くても稀に心臓破裂や乳頭筋断裂といった重篤な合併症が生じることもあります。
現在、本邦の都市部では急性心筋梗塞患者を専門医療機関に搬送してカテーテル治療を行う体制が確立されているため、全体として院内死亡率は低下しており、1970年代には約30%であった院内死亡率は最近では10%以下にまで減少しています。しかしながら、その一方で心筋虚血に伴う難治性不整脈や心破裂、あるいはポンプ失調による心原性ショックで死亡する重症例は病院到着前も含めると依然として少なくありません。
急性心筋梗塞の原因
心臓は体内で最も酸素需要量が多い臓器の一つであり、心筋細胞への酸素の供給は冠動脈の血流量に依存しています。冠動脈に、コレステロールや炎症細胞などの集合体であるプラークが形成され、何らかの原因で脆弱なプラークが破れて血栓ができると、血栓で冠動脈が閉塞して急激に血流が遮断されるために心筋細胞に血液が流れなくなります。その結果、心筋の血流量が心筋の酸素需要量を下回ってしまって、心筋虚血という状態を引き起こして心筋の細胞が部分的に不可逆性の壊死を起こすのが心筋梗塞の病態です。
急性心筋梗塞の発症は必ずしも高度の冠動脈狭窄と関連せず、半数以上の症例では50%未満の軽度~中等度の狭窄病変が心筋梗塞の責任病変となっています。しかしながら、多枝あるいはびまん性狭窄などの高度冠動脈病変の存在は、急性心筋梗塞発症後の病態の悪化に強く関連するため、冠動脈病変の進行に関与する背景因子を確実に把握することが重要です。高齢、肥満、喫煙歴、高血圧、脂質代謝異常、糖尿病もしくは耐糖能異常、冠動脈疾患の既往などの因子を複数有している人は急性心筋梗塞の発症リスクが高いだけでなく、高度の冠動脈病変を生じることも多いため、適切に対応する必要があります。
日本人、米国人、ハワイ在住の日系二世を対象として遺伝的素因と環境因子の影響を調べた研究の結果において、心血管疾患の発症率は日本人では米国人より低く、日系二世では日本人と米国人の中間の発症率であることが報告され、心血管疾患の発症には遺伝的素因に加えて環境因子が大きく関与することが明らかにされています。
急性心筋梗塞の症状
急性心筋梗塞発症時の典型的な自覚症状は、突然発現し30分以上持続する前胸部の耐え難い激痛もしくは圧迫感ですが、症状の強さと重症度とは必ずしも一致しません。むしろ症例によっては、典型的な胸部症状よりも、冷汗、嘔気、嘔吐、呼吸困難、眩暈、失神などの随伴症状が前面に出ることがあります。糖尿病患者や高齢者では神経障害や加齢などの影響により痛みの閾値が上昇するため、自覚症状が随伴症状のみのことも珍しくなく、また高齢者ではただ元気がないとか、息切れなどの心不全症状しかない場合などもあります。
急性心筋梗塞の責任病変の半分以上が通常では心筋虚血を生じない中等度以下の狭窄であり、プラークの破裂は中等度の狭窄病変において最も起こりやすいため、急性心筋梗塞を発症した症例のうち、約半分の症例では心筋梗塞の発症より前に狭心症が認められますが、残りの半分の症例では初めて感じた胸痛が急性心筋梗塞の発作です。また、心筋梗塞発症前に狭心症を認める症例においても、急性心筋梗塞における痛みの部位は狭心症の際の痛みの部位と類似はするものの、通常より痛みの程度は重度で長時間持続し、しばしば呼吸困難、発汗、悪心、および嘔吐を伴い、安静やニトログリセリンの舌下投与では殆どもしくは一時的にしか症状は軽快しません。
初回の心筋梗塞発症時に明らかな胸部症状を認めない患者は約20%程度存在します。それらの患者では突然死のリスクに差はないものの、その予後はむしろ症状のある患者よりも悪いとの報告もあり、自覚症状が随伴症状のみのため急性心筋梗塞の発見が遅れることが一因と考えられています。また、胸痛の自覚症状がある症例においても、痛みは左胸から顎、左肩から腕にかけて広がることが多いため、心臓からくる痛みとは認識されず、胃の痛みや虫歯の痛みと誤解されることも少なくないため注意が必要です。
急性心筋梗塞の検査と診断
急性心筋梗塞を疑った場合、心電図が重要な検査になります。心電図検査では、心筋梗塞に比較的特異的な変化が認められるとともに、心筋細胞が虚血に陥っている部位の推定が可能な場合も多くあります。しかしながら、一部の症例では心電図に全く異常が認められないこともあります。心電図検査や自覚症状で急性心筋梗塞が疑わしい時は、続けて心臓超音波検査と血液検査を行います。心臓超音波検査で冠動脈の支配領域に一致した局所性の壁運動異常を認めたり、血液検査で心筋逸脱酵素や心筋障害マーカーなどのバイオマーカーの有意な上昇を認める場合には急性心筋梗塞を強く疑って、即座に冠動脈造影で梗塞責任血管の同定を行って治療方針を決定します。
急性心筋梗塞の冠動脈造影では、梗塞責任血管は閉塞したままの状態であることが多いですが、自然再灌流されて高度狭窄が残存している場合も比較的多く、また再灌流後の狭窄病変が軽度で梗塞責任病変の判別が困難な場合もあります。梗塞責任病変の診断は、造影所見だけではなく、プレッシャーワイヤーや血管内超音波、血管内視鏡、光干渉断層法などの補助的診断法も併用して総合的に行います。
急性心筋梗塞の治療
急性心筋梗塞の治療では、閉塞した冠動脈を再び開通させる再灌流療法を行います。再灌流療法開始の時間は予後に直結しており、急性心筋梗塞の発症後早期であればあるほど、再灌流療法により心臓へのダメージ軽減が期待でき、胸痛の症状出現から2時間以内に十分な血流の再開が得られれば後遺障害が残らないとされています。再灌流療法にはいくつかの方法がありますが、バルーンを用いたカテーテル治療(カテーテルインターベンション:PCIと呼ばれます)が一般的に行われており、PCIが困難な施設では血栓溶解剤を投与して冠動脈の血栓を溶かす血栓溶解療法がおこなわれることもあります。PCIでは、多くのケースで血栓吸引療法を行った後に、バルーンにより閉塞部もしくは狭窄部の拡張を行い、続けてステントが挿入されます。ステントには冠動脈が再度狭窄したり閉塞したりすることを防ぐための薬剤が塗り込まれている薬剤溶出性ステントが多くのケースで使用されます。
これまでの様々な研究結果の積み重ねからは、血栓溶解療法単独よりはバルーンによる拡張のほうが、バルーンによる拡張単独よりは金属ステントを留置するほうが、再閉塞・再梗塞の頻度が低くなることが示されており、また金属ステントよりは薬剤溶出性ステントを使用するほうが再狭窄率が著明に減少することが明らかにされています。
カテーテル治療が不成功の症例や病変がカテーテルの適応外の症例では、冠動脈バイパス手術が行われます。また、表に示すような心筋梗塞合併症が認められた場合も外科的手術の適応となります。再灌流療法後も治療は続き、心筋梗塞の再発や冠動脈の再狭窄を予防するための薬剤投与や、動脈硬化性病変進行の予防・軽減のための生活習慣の改善が必要不可欠となります。なお、予後を改善することが証明されている薬剤は、抗血小板剤、スタチンと呼ばれるコレステロール低下薬、交感神経ベータ遮断薬、アンジオテンシン変換酵素阻害薬などがあります。また、心筋梗塞の発症後は、心臓の機能が低下するため、運動プログラムなどを取り入れながら心臓リハビリテーションを行います。心臓リハビリテーションも急性心筋梗塞後の予後を改善する手段の一つとして非常に重要です。