睡眠時無呼吸症候群と交通事故
2003年2月26日に、重症の睡眠時無呼吸症候群(Sleep Apnea Syndrome: SAS)に罹患している運転手の居眠りにより発生した山陽新幹線の事故により、大事故につながる危険性のある眠気とSASの関係性が注目され、更には2012年の首都高速湾岸線での死傷事故や2014年の北陸自動車道での死傷事故などを経て、現在ではSASが一般的に広く認識されるようになりました。
SASのうち、1時間当たりの無呼吸低呼吸指数(AHI)が10以上の人の頻度は、50歳代の男性で15%前後、同年代の女性で5%~10%前後で、加齢により更に高率になります。そのため、職業運転手や一般の運転者においてもSASを合併している人の割合は決して少なくありません。
米国で行われた、精神運動覚醒機能を光に対する反応時間で評価した研究の結果では、平均のAHIが28.7程度の中等症のSAS患者の反応時間は、米国カリフォルニア州の職業ドライバーに対する法定の飲酒限界(血中アルコール濃度が0.04g/dl以上)程度の飲酒状態よりも悪く、一般人の法定の飲酒運転基準(血中アルコール濃度が0.08g/dl以上)と同程度の障害が起こることが報告されています。日本における酒気帯び運転の基準は、血中アルコール濃度が0.031g/dl以上であり、日本の基準で考えても中等症以上のSASでは酒気帯び運転以上の反応性低下を伴うことになります。
SAS患者では、健常者と比べて運転中の眠気が約4倍、居眠り運転が約5倍多くなることが報告されています。本邦で1,867人のSAS患者(男性1,700人、女性167人、年齢20歳~81歳、平均年齢49.6歳)を対象として、患者の自覚的な眠気を評価する方法であるエプワース眠気尺度(Epworth Sleepiness Scale: ESS)を用いて、日中の眠気の重症度別に居眠り運転事故率を比較した研究の結果では、正常群(0点~10点)の居眠り事故率が6.7%なのに対して、軽度過眠群(11点~15点)では12.8%、重度過眠群(16点~24点)では22.6%と、ESSの点数が高くなるほど居眠り運転事故率が高くなっていたことが報告されています。
しかしながらESSは眠気を主観的に評価する指標であるため、交通事故防止の視点からは眠気を客観的に評価できる指標である睡眠潜時反復検査(Multiple Sleep Latency Test: MLST)や覚醒維持検査(Maintenance of Wakefulness Test: MWT)の方が有用と考えられています。
両者の有用性については、MLSTは身体的な眠気の度合いを評価するのに対し、MWTは眠気を誘う状況での眠気への抵抗を評価する指標であるため、MWTの方が交通事故防止にはより有用とされています。これらの指標を用いた研究の結果によると、MSLT潜時が5分以下の運転手が一人で運転するときに交通事故を起こす確立は、MSLT潜時が5分より大きい運転手と比較して15倍高くなることや、MWTが33分以下の運転手ではMWTが34分以上の運転手や健常者と比べて不適切運転が有意に多いことなどが報告されています。
追突事故の15%~33%は居眠り運転が原因とされており、SASに伴う睡眠の分断化や夜間の低酸素血症による量的あるいは質的な睡眠の障害は交通事故の誘因となります。SASのうち、その大多数を占める閉塞性のSAS(OSA)と交通事故の関連性については、1987年にカナダからOSA患者では交通事故を起こす頻度が高いことが報告されて以来、現在までに多くの報告があり、様々な研究を統合解析した結果からは、OSAを有する運転手が交通事故を起こす割合は、そうでない運転手の約2.5倍に増加することが明らかになっています。
例えば米国で行われた研究では、OSA患者では健常人と比較して5年間で約7倍交通事故が多く、370万人の全ドライバーと比較しても3倍事故が多いことや、OSAの重症度が高くなるにつれて事故の頻度が増加することが報告されています。また、OSAによる交通事故増加の傾向は、年齢が高齢になっても同様に見られることも報告されています。
更には、事故発生の時間について検討した研究の結果では、居眠り運転事故の発生時間は、午後2時台が最も多く、次いで午後4時台、午前8時台に多くなっていることが報告されています。
またCPAPによりOSAの治療を行うことにより、運転シミュレーターにおける運転技能が改善することや、実際に事故率が健常者と同程度まで減少することも様々な研究により明らかにされています。なお、CPAP治療の効果を得るには一晩に4時間以上の使用が必要だとされています。