1)脂質異常症とは
従来は血液中の脂肪分が多い状態を「高脂血症」と呼んでいました。血液中の中性脂肪やLDLコレステロールが高いと動脈硬化を引き起こす危険因子となるためですが、その一方で善玉コレステロールと一般的に呼ばれているHDLコレステロールが低いことも動脈硬化を引き起こすリスク因子となるため、現在は動脈硬化の原因となりうる脂質異常の病態をまとめて「脂質異常症」と呼んでいます。動脈硬化が進行すると、次第に血管の内腔が狭窄し、最終的には狭心症、心筋梗塞、脳梗塞、末梢動脈疾患などの血管系の病気の引き金になると考えられています。
閉経前の女性は男性よりもLDLコレステロール値が低く、HDLコレステロール値は高い傾向にあります。一方で、閉経すると、LDLコレステロール値が高く、HDLコレステロール値が低くなり、閉経前と全く逆の状態になることが多々あります。また、HDLコレステロール値には明らかな性差があり、平均すると女性の方が約10㎎/dl高値をとります。
2)脂質の種類と役割
本来、コレステロールは体を構成する細胞の細胞膜の主要成分となったり、副腎皮質ホルモンや性ホルモンの原料となったり、胆汁の主成分である胆汁酸の材料になったりなど重要な役割を果たしています。体内のコレステロールの2割~3割は食事によって体内に取り入れられたものですが、残りの7割~8割は糖質や脂肪酸を原料として主に肝臓で合成されます。
善玉コレステロールと呼ばれるHDLコレステロールは体の中で余ったコレステロールを回収する作用があり、悪玉コレステロールと呼ばれるLDLコレステロールは体の中で余ったコレステロールを全身の血管に沈着させる作用があります。そのため、LDLコレステロールが増加するか、もしくはHDLコレステロールが減少すると、特に血管の内側に脂肪分が沈着して、最終的に動脈硬化を起こします。ただし、80㎎/dl以上の高HDLコレステロール血症は遺伝的要因によるものが多く、HDLコレステロール値が高くても動脈硬化リスクが低くない場合があるため注意が必要です。
中性脂肪は、コレステロールと同様に食事から体内に取り入れられたり、体内で合成されたりします。中性脂肪は活動のためのエネルギー源であり、運動などの際に燃焼してエネルギーを放出します。また、中性脂肪は内臓の固定や保温などの役割も担っています。なお、使用されなかった中性脂肪は皮下脂肪や内臓脂肪として蓄えられ肥満の原因となります。また、血中の中性脂肪の増加は小型のLDLコレステロールやレムナントリポ蛋白の増加とHDLコレステロールの低下を招きます。
3)脂質異常症の原因
脂質異常症の原因は、原発性と続発性に分類されます。原発性は遺伝によるもので、続発性は生活習慣やその他の原因によるものです。原発性の原因および続発性の原因は様々な程度で脂質異常症に寄与するため、原発性脂質異常症の人に続発性の要因が加わって、原発性要因単独の時よりも更に脂質値が上昇することもあります。
原発性の原因には、LDLコレステロールや中性脂肪を過剰に産生したり、これらの物質を除去できなくなる遺伝子異常が関与しています。その他にも、HDLコレステロールの産生不足や過剰な除去を起こす遺伝子変異もあります。原発性の原因は遺伝するため、家族内で同様の病状が多発します。日常診療で最も遭遇しやすい原発性脂質異常症としては、家族性高コレステロール血症が挙げられます。
続発性は脂質異常症の大半の要因を占めます。中でも、最も多い要因は、運動不足、偏食や脂質の過剰摂取、過食、アルコール、肥満などの生活習慣によるものです。その他の要因としては、糖尿病やクッシング症候群、原発性アルドステロン症、甲状腺機能低下症、先端巨大症などの内分泌疾患のほか、肝胆道系疾患、ネフローゼ症候群などによる二次性脂質異常症や、ステロイドホルモン、β遮断薬、経口避妊薬などの薬剤の影響などがあります。
4)脂質異常症の症状
脂質異常症は基本的には自覚症状は無いことが多く、血液検査によって発見されることが殆どですが、家族性高コレステロール血症や著明な高コレステロール血症などでは、皮膚や瞼に黄色腫と呼ばれる特徴的な腫瘤を生じることがあります。また、眼球に角膜輪と呼ばれる白い輪を認めたり、アキレス腱の肥厚を認めたりすることもあります。高カイロミクロン血症では、肝腫大を認めたりすることもあります。
脂質異常症をそのまま放置していると、動脈硬化が進み、狭心症や心筋梗塞、脳梗塞などの脳心血管系疾患や末梢動脈疾患を起こしやすくなります。また、中性脂肪の値が高いと、脳心血管系疾患、脂肪肝、急性膵炎などの危険性が高くなります。
5)脂質異常症の診断
脂質異常症と診断されるのは、①LDLコレステロールが高い時、②中性脂肪が高い時、③HDLコレステロールが低い時です。最近では、動脈硬化を引き起こす因子となるコレステロールを表す値であるNon-HDLコレステロールも評価をされるようになっています。それぞれの判断基準はガイドラインで定められており、基準値を超えると脂質異常症と診断されます。なお、個人差はありますが、特に中性脂肪の検査値は食事の影響を受けるため、採血は12時間以上の絶食の上、早朝に行う必要があります。また、血液中の脂質濃度が非常に高い場合には、特別な血液検査を行い、原発性脂質異常症の有無なども精査します。
6)脂質異常症の治療
脳心血管系疾患をはじめとする動脈硬化性疾患や脂肪肝、膵炎などを予防することが脂質異常症治療の目的です。脂質異常症の治療は、生活習慣が原因である場合には生活習慣の改善が基本となります。生活習慣の修正としては、過体重であれば減量、喫煙者は禁煙、飽和脂肪酸やコレステロールの摂取量を減らす、多価不飽和脂肪酸の摂取を増やす、アルコール多飲者では飲酒を制限する、有酸素運動の運動量を増やす、などの対応を脂質異常のタイプに応じて行います。
特に飽和脂肪酸は他の型の脂肪よりもLDLコレステロール値上昇への寄与度が高いため、毎日の飽和脂肪酸摂取量は、総摂取カロリーの5%~7%までに抑える必要があります。また、多価不飽和脂肪酸には、血液中の中性脂肪とLDLコレステロール値を下げる働きがあるため摂取量を増やす必要があります。
適量のアルコール摂取には冠動脈疾患発症予防効果が示されていますが、アルコールは肝臓での中性脂肪合成を高めるため、原則として摂取量を1日25g以下(ビール500mlや日本酒1号程度など)に制限する必要があります。高中性脂肪血症患者では、飲酒量と飲酒機会を減らす事により著明に血清脂質値が改善することが多くあります。定期的な運動は、中性脂肪を低下させてHDLコレステロールを上昇させる働きがあるため、毎日30分以上の有酸素運動も推奨されます。
これらの生活習慣改善だけでは十分な改善が見られない場合には、薬物治療が考慮されます。薬物療法に用いられる薬を以下に示します。
脂質異常症の治療の目標は管理基準の基準値が基本となり、同じ脂質異常症であっても管理目標は異なります。例えば、糖尿病がある人、喫煙習慣がある人などでは動脈硬化の危険性が高くなるため、通常よりも更に厳しい管理目標が設定され治療方針が決定されます。
近年、LDLコレステロールに関しては、その数値だけが必ずしも問題ではなく、動脈硬化性病変の発生には小型化の有無や酸化の有無などが特に重要であることがわかっています。
そのため、LDLコレステロールの酸化や小型化を予防することが治療においても重要です。例えば、食事に関しては、時間が経過した揚げ物の油や電子レンジで温めた揚げ物の油は、過酸化脂質という酸化した脂質に変化するため摂取を控える必要があります。食事以外に関しても、糖尿病や高血圧、喫煙などのコレステロール酸化を起こす要因を避ける必要があります。